いいねえ、タダタケ。
いいねえ、セカンド。

男声合唱団タダタケの会に
復帰してからの
タダタケ真っ最中の日々。

妻「復帰一か月しかたってないのに
  よくもまあベテラン顔できるなあ。
  感心するわ。」
夫「練習にはいつも手鏡持参してますわ。」


それはさておき、
次の演奏会までのウォーミングアップとして
いくつかの愛唱曲に取り組んでいる。
その内の一つがこちら。

「かきつばた」
   北原白秋

柳河の
古きながれのかきつばた、
昼は ONGO の手にかをり、
夜は萎れて
三味線の
細い吐息に泣きあかす。
(鳰のあたまに火が点いた、
 潜んだと思ふたらちよいと消えた。)
(『思ひ出』/東雲堂書店/1911年)

『柳河風俗詩』は
多田武彦が作曲した
最初の男声合唱組曲である。

以前拙ブログでも
取り上げたことがある。



柳河風俗詩・第二という組曲もあり、
曲想の世界観は非常に似ている。
詳細はこちらのサイトが参考になります。


また、北原白秋の没後に
観光された写真集では、
白秋が生きていた時代の
柳河の風景を知ることができる。

国立国会図書館デジタルコレクションで
「北原白秋 水の構図」
で検索。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1127912
『水の構図 : 水郷柳河写真集』北原白秋・田中善徳/1943年


話は「かきつばた」に戻る。
タダタケ好きなら一度は歌ったことのある
組曲の中の一曲だが、
短いながらも非常に印象に残る佳曲である。
しかし、曲のイメージをつかむのは意外と
難しいかもしれない。

そんな時は、詩集だけでなく
その周辺の文章を読むことで
イメージを膨らませることにしている。
『柳河風俗詩』『柳河風俗詩・第二』を
歌う際の何らかのインスピレーションに
なれば幸いである。


 
私の郷里柳河は水郷である。さうして静かな廃市の一つである。
自然の風物は如何にも南国的であるが、既に柳河の街を貫通する数知れぬ溝渠のにほひには日に日に廃れてゆく旧い封建時代の白壁が今なほ懐かしい影を映す。肥後路より、或は久留米路より、或は佐賀より筑後川の流を越えて、わが街に入り来る旅びとはその周囲の大平野に分岐して、遠く近く瓏銀の光を放つてゐる幾多の人工的河水を眼にするであらう。さうして歩むにつれて、その水面の随所に、菱の葉、蓮、真菰、河骨、或は赤褐黄緑その他様々の浮藻の強烈な更紗模様のなかに微かに淡紫のウオタアヒヤシンスの花を見出すであらう。水は清らかに流れて廃市に入り、廃れはてたNoskaiノスカイ 屋(遊女屋)の人もなき厨の下を流れ、洗濯女の白い洒布に注ぎ、水門に堰かれては、三味線の音の緩む昼すぎを小料理屋の黒いダアリヤの花に歎き、酒造る水となり、汲水場に立つ湯上りの素肌しなやかな肺病娘の唇を嗽ぎ、気の弱い鶯の毛に擾され、そうして夜は観音講のなつかしい提灯の灯をちらつかせながら、樋を隔てて海近き沖ノ端の鹹川に落ちてゆく。静かな幾多の溝渠はかうして昔のまま白壁に寂しく光り、たまたま芝居見の水路となり、蛇を奔らせ、変化多き少年の秘密を育む。水郷柳河はさながら水に浮いた灰色の柩である。
(中略)

ただ何時通つても白痴の久たんは青い手拭を被つたまま同じ風に同じ電信柱をかき抱き、ボンボン時計を修繕なほす禿頭は硝子戸の中に俯向いたぎりチツクタツクと音をつまみ、本屋の主人あるじは蒼白い顔をして空をただ凝視みつめてゐる。かういふ何の物音もなく眠つた街に、住む人は因循で、ただ柔順おとなしく僅にGonshanゴンシヤン(良家の娘、方言)のあの情の深さうな、そして流暢な軟かみのある語韻の九州には珍しいほど京都風なのに阿蘭陀訛の熔け込んだ夕暮のささやきばかりがなつかしい。風俗の淫みだらなのにひきかへて遊女屋のひとつも残らず廃れたのは哀れふかい趣のひとつであるが、それも小さな平和な街の小さな世間体を恐るゝ――利発な心が卑怯にも人の目につき易い遊びから自然と身を退くに至つたのであらう。いまもなほ黒いダアリヤのかげから、かくれ遊びの三味線は昼もきこえて水はむかしのやうに流れてゆく。

北原白秋(1911年)『思ひで 抒情小曲集』東雲堂書店
青空文庫2004年6月16日作成:2007年11月17日修正https://www.aozora.gr.jp/cards/000106/files/4986_15850.html
(アクセス日:2024/6/22)
   ※赤字で強調は筆者

北原白秋の故郷である柳河と
没落した実家への思いを詩にあらわした、と
様々な資料には書かれている。

江戸から明治政府の東京に代わり
制度も文化も激変した時代。
上京して売出し中の若い詩人となった白秋。
強烈に求心力を高めていく首都と地方との関係。


実に様々な思いが
「柳河」にこめられていると感じる。
妻「曲の解説わい!」
夫「いや、そこからは
  それぞれのイメージだから。」


ちなみに、この『柳河風物詩』に触れるたびに
思い出す一つの物語がある。
10年以上前に別の雑誌で読んだ記憶があるのだけれど
こちらのサイトに同じ話が載っていたのでご紹介したい。

・・・何回読んでも胸が熱くなる。

今、柳河を訪れて『柳河風物詩』の世界を
味わうことのできる奇跡に感謝です。

作曲家の第一作である『柳河風物詩』の
「かきつばた」。
大切に歌い継いでいきたい。
ご興味を持たれたかたは
こちらのサイトからご連絡ください。

おわり。


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