多田武彦の
最初の男声合唱組曲は
『柳河風俗詩』である。
以前拙ブログでも
取り上げたことがある。


また、北原白秋の没後に
観光された写真集では、
白秋が生きていた時代の
柳河の風景を知ることができる。

国立国会図書館デジタルコレクションで
「北原白秋 水の構図」
で検索。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1127912
『水の構図 : 水郷柳河写真集』北原白秋・田中善徳/1943年


さて、あらためて
組曲第1曲「柳河」。

「柳河」
  北原白秋

もうし、もうし、柳河じや、
柳河じや。
銅の鳥居を見やしやんせ。
欄干橋をみやしやんせ。
(馭者は喇叭の音をやめて、
 赤い夕日に手をかざす。)

薊の生えた
その家は、……
その家は、
旧いむかしの遊女屋。
人も住はぬ遊女屋。

裏の BANKO にゐる人は、……
あれは隣の繼娘。
繼娘。
水に映つたそのかげは、……
そのかげは
母の形見の小手鞠を、
小手鞠を、
赤い毛糸でくくるのじや、
涙片手にくくるのじや。

もうし、もうし、旅のひと、
旅のひと。
あれ、あの三味をきかしやんせ。
鳰の浮くのを見やしやんせ。
(馭者は喇叭の音をたてて、
 あかい夕日の街に入る。)

夕燒、小燒、
明日天氣になあれ。
(『思ひ出』/東雲堂書店/1911年)

男声合唱のスタンダードナンバー
といってもいい組曲。
語り尽くされた感があるが
いくつか調べてみる。

水に映つたそのかげは、……
そのかげは
母の形見の小手鞠を、
小手鞠を、
赤い毛糸でくくるのじや、
涙片手にくくるのじや。

この段で書かれている
小手毬は、いわゆる柳川まりのことだろう。

伝統的な柳川まりは、
毛糸で作られるが、生花で
つくることもあったという。
水分を欠かさない。
乾燥させてはいけない。
涙とか。



もうし、もうし、旅のひと、
旅のひと。
あれ、あの三味をきかしやんせ。

この詩では
旅の人にきいとくれと
呼びかけている。
また、
柳河がモデルの舞台と
言われている
福永武彦の小説「廃市」(新潮社/1960年)では
卒業論文を執筆するために
水郷のまちを訪れた大学生に
語られている。


この水郷のまちの部外者
いわば「観客」という共通点が
ないだろうか。

鳰の浮くのを見やしやんせ。
(馭者は喇叭の音をたてて、
 あかい夕日の街に入る。)

鳰とはカイツブリのこと。
柳河の方言ではケエツグリ

鳰がたくさん生息していた
ところから
転じて琵琶湖のことを鳰の海と
いうとのこと。
また、鳰の浮巣は
足に絡めて流れないようにしている
という夏の季語である。

鳰の浮き沈みの様子を
読んだ歌が万葉集にある。

にほ鳥の 潜かづく池水いけみづ こころあらば
君に我あが恋ふる 情こころ示さね
(大伴坂上郎女 万葉集 巻四 七二五)
【大意】
にほ鳥が潜る池の水よ、
お前にこころがあるなら、
私の恋い慕う気持ちを(水面に)示しておくれ。

白秋の恋慕の思いが
観客にいたいほど
伝わってくるようである。

作曲家の第一作である。
大切に歌い継ぎたい。

おわり。


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