「水路」
   北原白秋
 
ほうつほうつと蛍が飛ぶ……
しとやかな柳河の水路を、
定紋つけた古い提灯が、ぼんやりと、
その舟の芝居もどりの家族を眠らす。

ほうつほうつと蛍が飛ぶ……
あるかない月の夜に鳴く虫のこゑ、
向ひあつた白壁の薄あかりに、
何かしら燐のやうなおそれがむせぶ。

ほうつほうつと蛍が飛ぶ……
草のにほひのする低い土橋を、
いくつか棹をかがめて通りすぎ、
ひそひそと話してる町の方へ。

ほうつほうつと蛍が飛ぶ……
とある家のひたひたと光る汲水場に
ほんのり立つた女の素肌
何を見てゐるのか、ふけた夜のこころに。
(『思ひで』/東雲堂書店/1911年)

先日のタダタケをうたう会の演奏会での
タダタケ・ア・ラカルトステージで
演奏する機会に恵まれた名曲である。

今回の演奏会でも
色々な詩人を歌ったのだが、
やはり北原白秋の詩と多田武彦の旋律は
格別な重みを私にもたらしてくれた。

柳河を訪れた1997年頃のわが思ひ出も
オーバーラップして、目頭が熱くなった。

さて、鉄分高めの筆者の手元には
愛読している2冊の本がある。

『最長片道切符の旅』宮脇俊三
(1983年/新潮文庫)


『日本廃線鉄道紀行』大倉乾吾
(2004年/文春文庫PLUS)


ここに、今はなき国鉄佐賀線の描写がある。
この路線は、
佐賀駅から瀬高駅(福岡県)を
経由して熊本駅まで
通っていた路線とのこと。(1987年廃線)

1冊目『最長~』ではまだ健在の時で、
筑後柳河駅を通過した時には、
北原白秋のふるさとということで
 色にして老木の柳うちしだる 
 わが柳河の無図の豊かさ
という詩が紹介されて白壁や掘割に
想いがいたる記述がされている。

2冊目『日本~』ではすでに廃線後。
筑後川にかかる可動橋で
重要文化財に指定されている
筑後川橋梁が残されているのみと
記述されている。
かつて線路があった
のどかさは変わっていない。
ただ、列車がこないだけだ、と。

柳河の風景を少しでも
知ることができる
資料にアクセスできる。
(北原白秋 他/アルス/1943年)
国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1127912
でみることができます。

なんだかんだと
詩の風景を訪ねたくて
機会を見つけては
全国に出かけてはいるが
つひに間に合わなかったことが
悔やまれる・・・こともしばしば。

しかし、目を閉じれば
詩の風景がいつでも浮かんでくるよ。
そして多田武彦の曲も。

詩人がみたであろう風景に
おもいをいたす。
ささやかだけれども
筆者には大切な時間である。

さあ、次は多田武彦のどの曲を
歌うことになるだろうか。
なんだか楽しくなってきた。

おわり。

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