1月21日(日)に迫っている当団のコンサート。
年末に敢行した
自宅単独音確認合宿のおかげで、
一筋の光がみえてきた気がする。

演奏する2つの組曲のうちの
多田武彦作曲『優しき歌』は全5曲。
どれもみなわが胸をうつ音楽に溢れている。

・・・しかし、まだ詩が
肌感覚で腹に落ちてこない。

そこで自主練習の合間に、
4つほど参考資料を読んでみた。

#1 立原道造の年譜をぼーと眺めてみる。
1935年22歳の頃、新古今集などの
中世文学に強い関心を寄せる。
(『立原道造詩集』/岩波文庫/1988年)

#2 新古今集の特徴は・・・

心象を象徴的に表現し、美的官能の
世界を構成することを志向。
七五調、本歌取りを多用。
「幽玄」「有心」の精神。
(『改訂版新総合国語便覧』/第一学習社/1978年)

#3 スケッチブック 
小説家・批評家でもあった
中村真一郎は
詩集「優しき歌」の
草稿の記されたスケッチブックを
本人より見せられた、という。
(1938年8月頃@信濃追分)
中村の立原評は、
「幾何学的精神」と「繊細の精神」が
見事に協力してつくりあげた
新古今集の歌人たちのような
意識的技巧家である、と。

具体的には先人の詩句や詩境を
「本歌取り」している、と。
しかし立原には、技巧だけでなく
ささやかな悲しみを
大事に大事にしている心映え、
則ち純金の心がある。
それを大事にしたまえ、とは
親友堀辰雄の言。
(『日本の詩歌24』中央公論社/1968年)

#4 三好達治と和歌
三好達治が記した
今昔の日本の詩歌の
解説本『諷詠十二月』
(講談社学術文庫版/1983年)
を読んで、新古今集に
収録されている和歌を読み返すと、
これがまたなかなかに・・・。

おおっと、休憩時間が長すぎた。
本末転倒。
閑話休題。
練習再開。

組曲3曲目。

「さびしき野辺」
   立原道造

いま だれかが 私に
花の名を ささやいて行つた
私の耳に 風が それを告げた
追憶の日のやうに

いま だれかが しづかに
身をおこす 私のそばに
もつれ飛ぶ ちひさい蝶らに
手をさしのべるやうに

ああ しかし と
なぜ私は いふのだらう
そのひとは だれでもいい と

いま だれかが とほく
私の名を 呼んでゐる……ああ しかし
私は答へない おまへ だれでもないひとに
『優しき歌』/角川書店/1947年)

旅人の袖吹きかへす秋風に
夕日さびしき山のかけはし
                         藤原定家

風自体は目に見えないが、
風に吹かれた人の姿感情は見える、かも。

組曲4曲目。

「また落葉林で」
   立原道造

いつの間に もう秋! 昨日は
夏だつた……おだやかな陽氣な
陽ざしが 林のなかに ざわめいてゐる
ひとところ 草の葉のゆれるあたりに

おまへが私のところからかえつて行つたときに
あのあたりには うすい紫の花が咲いていた
そしていま おまへは 告げてよこす
私らは別離に耐へることが出來る と

澄んだ空に 大きなひびきが
鳴りわたる 出發のやうに
私は雲を見る 私はとほい山脈を見る

おまへは雲を見る おまへはとほい山脈を見る
しかしすでに 離れはじめた ふたつの眼ざし……
かえつて來て みたす日は いつかえり來る?
(詩集『優しき歌』/角川書店/1947年)

山わかれ飛び行く雲のかへり来る
かげ見る時ぞなほ頼まるる
                 菅原道真


筑紫に流されて、故国への情に堪えなかった
(もう戻れないけれども…)悲痛の叫びか。

いろいろ想像(妄想)を膨らませて(笑)
でも真剣に音楽に向き合いたい。

おわり。


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