絶望の叫喚に叫ぶとき、 
私の悩みは誰も知るまいと
白い月にほほえんでみたくなるとき、
遠き遠き漏電と夜の絶叫。
など
人生、へこんでいるときは
頭の中でテクストが
大混乱のワルツを踊ってゐる。 

だからこそ
時には
己のルーツに立ち戻りたくなる、
そんな瞬間が
誰しもあるのではないだろうか。 
筆者の場合、 
そのルーツを思い出させるものたち。
それは東京は上野の 東京文化会館にある。

拙ブログで取り上げた 東京文化会館4F音楽資料室。 



ここで、 思う存分 LPやCDを聴きまくり
原点に立ち返るのが 好きである。 

ここのよさは
なんといっても
CDの蔵書数を
はるかに上回る
LPのラインナップであろう。

古き良き
「目録カード」を
めくりめくり
お目当ての一枚を
探り当てる。
PCでのOPAC検索とは
また違った宝探しのような
楽しみがある。
便利さに慣れすぎてちゃ
いけませんな。

視聴ブースでは、
一度に
LP3枚まで。
CD2枚まで。
慎重に選ぶぞ。

父「えーと、これとこれと
  これ、あ、これも。
  抑えでこれとこれ。
  お願いしまーすっ!」
妻「おいおい、3枚までって
  いったろっ!」
父「ん?空耳アワーか?
  一人のはずなのに。
  ・・・なんか悪寒が。」
司書「(にっこりと)それでは
   4枚目以降は、取り置きして
   おきますね。」

優しい優しい声の司書さんに
ハマり人が笑ふ。。。。
なんだか中●みゆきのように
なってしまったが。

妻「『ホーム●て』かよっ!」

遠方からのツッコミは無視して
先に進もう。

LPをプレーヤーにかけるときは
いつも緊張する。

こわしちゃいけないから。
普段手にしていないだけに
なおさら。

ジャケットやライナーノーツの
大きさが、
貴重な音楽を聴くぞ~!という
気持ちをかきたててくれる。

しかも、聴き始めたら最後
途中で曲を飛ばしたりできないしね。

本日の視聴盤はこちら。
☆東芝EMI現代合唱曲シリーズ
『堀口大学の詩による作品集/
 月光とピエロ』
(1981年/TA-72068)
 ★「月光とピエロ」
  (清水脩/関西学院グリークラブ/
   指揮北村協一)
 ★「ヴェニス生誕」
  (大中恩/東海メールクワイアー/
   指揮福永陽一郎/pf久邇 之宜)
 ★「月下の一群」
  (南弘明/早稲田大学グリークラブ/
   指揮福永陽一郎/pf久邇 之宜)

1981年に惜しまれつつ亡くなられた詩人
堀口大学の追悼のアルバムとのこと。

早くに頭角を現し
詩の翻訳の自由さや
近代詩の可能性を
世に知らしめた堀口大学。

三好達治も、
若いころに熱中したと
言われている。

そんな詩人の思いをこめて、
丁寧に、
大胆に
大切に
歌われた歌たち。
そしてそれを記録に
残してくれた先人に
大感謝。です。

35年以上たっても
その感動が再現されるなんで
なんてすばらしいことだろう。

湧きあがる音楽が
霧たちのぼる初夏の夕暮れ。
上野の森に響く。

懐かしい季節のたより。

多田武彦『海に寄せる歌』の
組曲の3曲目「涙」
を思い出す。

「涙」
  三好達治

とある朝 一つの花の花心から
昨夜の雨がこぼれるほど

小きもの
小きものよ

お前の眼から お前の睫毛の間から
この朝 お前の小さな悲しみから

父の手に
こぼれて落ちる

今この父の手の上に しばしの間溫かい
ああこれは これは何か

それは父の手を濡らし
それは父の心を濡らす

それは遠い國からの
それは遠い海からの

それはこのあはれな父の その父の
そのまた父の まぼろしの故鄕からの

鳥の歌と 花の匂ひと 靑空と
はるかにつづいた山川との

……風のたより
なつかしい季節のたより

この朝 この父の手に
新らしくとどいた消息
『艸千里』(四季社/1939年)

詩と旋律。
詩人と演奏者。

全ての要素が
組み合わさって
相乗効果をもたらし
『音楽』になる。

いやあ、合唱って
本当に
いいものですね。
それでは、また。

おわり。


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