三好達治についての本を
探していたら、
次の本にたどり着いた。
三好達治』(1979年/筑摩書房)

正確に言うと
こういう本がある、という情報
でしたが(笑)

今まで数々のお世話になっている
日本最大の図書館検索カーリル
でさえも
検索不可能とは、
どんだけか~!と
半ばあきらめていたら
本当に偶然ですが
大阪市内の図書館で
偶然に発見(笑)

作者の
石原 八束(いしはら やつか)
【1919-1998年】は、俳人で
1949年より三好達治に
師事したとある。

「甃のうへ」
   三好達治

あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほひ
廂々に
風鐸のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃のうへ
(『測量船』第一書房、1930年)

●「み寺」といえば京都「泉涌寺」。
 と、以前拙ブログでも書いたが



この本では
文京区音羽の
護国寺であると、
紹介されていた。

●しかし写生のモチーフとして、
 と断りがあり、当然この詩人が
 高校時代を過ごした京都の寺々が
 ダブルイメージとしてある、
 と書いてある。
 よかった、まるっきりハズレでも
 なさそうだ。


「湖水」
  三好達治

この湖水で人が死んだのだ
それであんなに
たくさん舟が出てゐるのだ

葦と藻草の 
どこに死骸はかくれてしまつたのか
それを見出した合圖の笛はまだ鳴らない

風が吹いて 水を切る艪の音櫂の音
風が吹いて 草の根や蟹の匂ひがする

ああ誰かがそれを知つてゐるのか
この湖水で夜明けに人が死んだのだと

誰かがほんとに知つてゐるのか
もうこんなに夜が來てしまつたのに
『測量船』(第一書房、1930年)

●この「湖水」はどこか?
 石原八束によると
 石川県片山津(温泉)とのこと。

●関東人には馴染みが薄いので
 調べてみると、以下のサイトに
 歴史が書いてありました。


おお、昔の写真が
「湖水」の雰囲気がでてるじゃない。

●三好達治は
 学生時代、東京から北陸まわりで
 大阪に帰省することが多く、
 その際になじみがあったとのこと。


「鐘鳴りぬ」
      三好達治

聽け
鐘鳴りぬ
聽け
つねならぬ鐘鳴りいでぬ

かの鐘鳴りぬ
いざわれはゆかん

おもひまうけぬ日の空に
ひびきわたらふ鐘の音を
鶏鳴か五暁かしらず

われはゆかん さあれゆめ
ゆるがせに聽くべからねば

われはゆかん
牧人の鞭にしたがふ仔羊の
足どりはやく小走りに

路もなきおどろの野ずゑ
露じもしげきしののめを
われはゆかん
ゆきてふたたび歸りこざらん

いざさらばうかららつねの
日のごとくわれをなまちそ
つねならぬ鐘の音聲
もろともに聽きけんをいざ
あかぬ日のつひの別れぞ 
わがふるき日のうた――
(『朝菜集』青磁社/1943年)

●この『三好達治』という本は
三好達治との想い出を集めた
随筆集のようなものである。

●その中に「鐘の声」という
一編がある。

●その中に三好達治が弟子石原に
 語った台詞がある。
 主旨は次の通り。
 ☆鐘は聞く人のものであろう。
 ☆寺のお坊さんだけが独占してはいけない。
 ☆もっとみんなに開放されないとネ。

●1961年2月の九州旅行で
 急に観世音寺の釣り鐘をつこうか、
 と石原を誘い、実現させた。

●ゆっくりと、十分程の間合いをとり
 二度、ついて
 その余韻を楽しんだという。

限られた時間であったが
興奮のあまり
1時間ほど
読みふけってしまった。

旅先では、
思わぬ本との出会いが
待っているものである。

まだまだ三好達治をめぐる
僕の遠い旅は終わりそうにない。
またどこかへ旅に出ようか。

妻「おい、帰ってくるときに
  家の鍵が変わってることも
  想定しておけよ。」
父「心にカギは掛からない~♪」
妻「Nコンの名曲
  『未知という名の船に乗り』
  っぽく言ってもだめ。
  しかもネタが古いし。」
父「・・・すまぬ。」

ほんに、ほんに。

おわり。

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