「追羽根」
中勘助
五月の病気このかた引籠つてた姉も
この頃は不自由ながら
家のなかの用が
足せるやうになつた。
で、いよいよ足ならしに
外へ出ることになり、
第一日は筋向ふのお稲荷さんへ
お詣りと話がきまつた。
姉は附添ひに
□□さんをつれて出かけた。
すぐ戻るといつたのが思ひのほか
暇がかかるので
どうかと気づかつてるところへ
ベルが鳴つた。
急いで玄関に出迎へる。
××さんがあけた格子から
競技に勝つた子供みたいに
得意にはひりながら、
境内をまはつてきた といふ。
上出来だ。
後につづいた□□さんが
これおみやげに と
手にもつた羽根を
すこしあげるやうにして私にみせた。
露店で買つてきたのだ。
いち夜あければ初春の
夢を追羽子いたしましよ
羽子板もつて紅つけて
ひとりきなきなふたりきな
ふるや振り袖裾模様
帯は金襴たてやの字
黒のぽつくり鈴ちろり
見にもきなきなよつてきな
まるいむくろじ白い羽根
蘂のすが絲青や赤
それ花のよに実のやうに
ちよんとつかれて空高く
あがるとすれどくるくると
つちにひかれて舞ひおつる
乙女の夢の追羽子を
吹きてちらすな春の風
(『飛鳥』/筑摩書房/1942年)
人はだれでも詩人である。
我が家の小6の娘だけでなく
妻もかなりのものである。
2人とも自覚していないが。
2人「鏡なら洗面所にあるよ。」
日常の中に潜む
ふとした瞬間に「タダタケ節/詩人の想い」
が垣間見えるのである。
朝、忙しい中でも
朝食を準備してくれていた
妻の叫びが聞こえる。
妻「あー!炊飯器のスイッチ、
入れ忘れてた。あちゃー!
間に合わんな、どうすっか・・・。」
以下妻の一人語り。
旋律はタダタケの
あの有名なメロディーでどうぞ。
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すぐ炊けるといつたのが思ひのほか
暇がかかるので
どうかと気づかつてるところへ
「リン!」
ベルが鳴つた。
急いでオーブンへ出迎へる。
食パンがあけた扉から
競技に勝つた子供みたいに
得意にかおりながら、
オーブンでまはつてきた といふ。
上出来だ。
後につづいた米(よね)さんが
これおみやげに と
手にもつたジャムを
すこしあげるやうにして私にみせた。
茶店で買つてきたのだ。
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小学生の娘を持つ
共働きの朝は、阿鼻叫喚です。
生温かい目で見守ってやってください。
今も昔も人々の暮らしは
きつと変わらんのでしょうなあ。
妻「はよ手伝わんか。遅刻するで。」
2人「はい。」
おわり。
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