まずは達治。

「郷愁」
    三好達治
 
蝶のやうな私の郷愁!……。
蝶はいくつか籬(まがき)を越え、
午後の街角に海を見る……。
私は壁に海を聽く……。
私は本を閉ぢる。私は壁に凭れる。
隣りの部屋で二時が打つ。
「海、遠い海よ! と私は紙にしたためる。

――海よ、僕らの使ふ文字では、
お前の中に母がゐる。
そして母よ、佛蘭西人の言葉では、
あなたの中に海がある。」

(『測量船』/第一書房/1930年)

そして道造。

「小さな穴のめぐりを」
      立原道造
 
小さな穴のめぐりを 
蟻は 今日の営み 
籬(まがき)を越えて 雀が 
揚羽蝶がやつて来る 
 
(手作り詩集『さふらん』/1932年)

産み出された年代順でいけば
達治の詩にインスパイアされた
道造の詩ともいえるが、
それにしても、似たテーマで
まったく違う詩に仕立てられるとは。

達治、道造、風、風、そして風・・・。