立原道造の世界。
独断のそしりをうけることを覚悟しつつ
素人なりの感覚で受け止めると、
「SEEK&SEEK&SEEK」
「風の中の果てなきこがれ」

の詩人なのだなあ
と感じている。
多田武彦「ソネット集」を歌い始めて、
改めて思った。


筆者の立原道造の詩の合唱曲との出会いは高校時代。
混声合唱でいわゆる朝日コンクールの課題曲であった。


「歌ひとつ(昔の時よ)」
   立原道造


昔の時よ 私をうたはせるな
慰めにみちた 悔恨よ
追憶に飾られた 物語よ
もう 私を そうつとしておくれ

私の生は 一羽の小鳥に しかし
すぎなくなつた! 歌なしに
おそらく 私は 飛ばないだらう
木の枝の向うに 青い空の奥に


未来よ 希望よ あこがれよ
私の ちひさい翼をつつめ!
そして 私は うたふだらう


大きな 真昼に
醒めながら 飛びながら
なほ高く なほとほく


1988年全日本合唱コンクール課題曲
混声G4「歌ひとつ(公募入選作)」
立原道造/詩・村雲あや子/曲


・・・結構難しかったです。
合唱初心者の高校生には。

混声の尾形敏幸「風に寄せて」なども
大学生になり聴く機会は多かったのだが、
正直、詩の世界と曲とのずれが気になっていた。


妻「なんか、えらい強気やなあ。
  N●Kの音楽番組の××みたい
  やん。」
父「ひえー、伏字も文字数も変えるくらい
  にしか書けません!
  そんなつもりじゃないっす。」


それはさておき、
多田武彦の魅力は
詩の世界に寄り添った音楽が
立ち上るところにある。


「旅人の夜の歌」FRÄULEIN A. MUROHU GEWIDMET

   立原道造

降りすさんむでゐるのは つめたい雨。
私の手にした提灯はやうやく
昏く足もとをてらしてゐる、
歩けば歩けば夜は限りなくとほい。


私はなぜ歩いて行くのだらう、
私はもう捨てたのに 私を包む寝床も
あつたかい話も燭火も――それだけれども
なぜ私は歩いてゐるのだらう。


朝が來てしまつたら 眠らないうちに。
私はどこまで行かう……かうして
何をしてゐるのであらう。


私はすっかり濡れとほつたのだ 濡れながら
悦ばしい追憶を なほそれだけをさぐりつづけ……
母の あの街の方へ いやいや闇をただふかく。


筆者の所持している
「立原道造詩集(岩波文庫版)」
には掲載されていない詩だが、
どうしても原版が見たい。


そこで
国立国会図書館デジタルコレクションを
捜してみると、
「優しき歌:詩集」1947年/角川書店
がインターネット公開されていて、
その中で見ることができました。
リンクはこちら。


おお、実物は触ると
たぶん崩れ落ちそうぢゃ。


筆者はドイツ語は
ちんぷんかんぷんですので
ドイツ語の詳しい解説を
ネットで拾い読みすると、
副題の
「フロライン ムロウ ゲヴィッドメット」
とは、「未婚の御嬢さん 室生 捧げたる」

とのことだそうです。

つまり、立原道造が
1934年にはじめて軽井沢に行き、
憧れの室生犀星と知り合い、
それから信濃追分に
滞在することになった。
との岩波文庫版の解説と合わせると、
室生犀星リスペクトの詩でしょうか。

前年の1933年には、
堀辰雄に、創作上の忠告を受けた、とあったので、
いろいろ思うところがあったのでしょうね。


多田武彦の曲は、もちろん名曲です。

久しぶりに、
歌っていて涙が滲みました。


いい演奏をしたいです。

おわり。


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