泣けて泣けて・・・・。
そんな短いけれども名曲のはなし。

「八月のあひびき」
   北原白秋


八月の傾斜面に、
美くしき金の光はすすり泣けり。
こほろぎもすすりなけり。
雑草の緑とともにすすり泣けり。

わがこころの傾斜面に、
滑りつつ君のうれひは
すすり泣けり。
よろこびもすすり泣けり。
悪縁のふかき恐怖も
すすり泣けり。

八月の傾斜面に、
美くしき金の光は
すすり泣けり。
(『東京景物詩及其他』/東雲堂書店/1913年)


世の中の全てものが
すすり泣く。

詩人の眼には
この世界が拡がっているのだろか。
そんな馬鹿な、とは誰も言えない。


ゲーテの格言に
「詩作を知ろうと思ったら
    詩の国へ行かねばならぬ。
    詩人を知ろうと思ったら
    詩人の国へ行かねばならぬ。」


というものがある。

勿論、白秋という
詩人と筆者とは
時代も違うし
境遇も違う。
感性も違う。


だからこそ
いろいろ見方はあろうが、
想像の翼を拡げることが
許されても
いいのではなかろうか。


素人なりにこのイメージを
感じようと思って、
想いをめぐらせていたら

若かりし頃に読んだ
物語(筆者は小説という言葉が
苦手なので例外を除き「物語」を
使用する。)

を思い出した。


「慶安御前試合」
     隆 慶一郎
(『柳生非情剣』/講談社/1991年)



このなかで
剣の達人が
世の中の全て物が
「泣いている」と
いうことを
感じ、剣の道、
そして人生の
素晴らしさを理解した、
というくだりがある。
===============
尾張柳生の開祖
柳生兵庫助は
年老いて
花を愛し、
庭の仮山水を
愛したという。
水を張り、鯉の世話を
楽しみにしていた。

ちなみに・・・
 【仮山水】
 庭園内の築山と泉水。
 【枯山水】
 池や流水を用いず、
 石と砂で山水の風景を
 表現する庭園形式。

とのこと。
すこし違うようです。


しかし、三男の
柳生連也斎は
そんな父の趣味が
年寄くさいと馬鹿にしていた。
兵庫助は
「魚は大小を忘れて
 楽しんでいる。
 観ずれば仮山水も
 また真の山水となるのだ。」

と相手にしなかった。


様々な因縁があり、
三代将軍徳川家光の御前で
二代将軍秀忠時代に
権勢を誇った
江戸柳生総帥柳生宗冬と
柳生新陰流の
正当な後継者である
尾張柳生後継者柳生連也斎が
試合をすることになった。


様々な罠がしかけられて、
連也斎を正体不明の刺客が何度も襲う。
その途中で負傷し、
生涯結婚できない身体となってしまう。
怒りに燃え、宗冬を
たたきのめしてやろうと
試合に臨んだ。

試合が始まり
構えた瞬間
連也斎は全てを「観た。」

秀忠時代が終わり、
没落しかけた江戸柳生を救おうと
絶対剣の腕ではかなわない相手に、
必死でくらいついてこうとする
宗冬が「泣いて」いる。

この試合を仕組んだのは
父秀忠への憎悪や、
その手先となった
江戸柳生への仕返しである。
まさにその瞬間を見届けようとする
家光が「泣いて」いる。


なぜこの2人が「泣いて」
いるのか、と。


その瞬間、
2人の人生をかけた何者か、
情念が、2人を泣かせているのだと
連也斎は悟る。

そして、その瞬間、
人生という池を
覗き込んでいる自分に
気が付いた。

すべての出来事は
透明な水の中のことであり、
輝きと哀しみを持って、
存在していた。

ああ、だから親父は
鯉の目を通して池を覗き込み
鯉の目を通して池の中から
人の世を見ていたのか。

===============
というはなし。

なんとなく、白秋の詩と
通じるところが
ないだろうか。


ちなみに
隆 慶一郎
(1923年9月30日-1989年11月4日)は、
日本の時代小説家。

本名で脚本、
隆 慶一郎名義で物語を執筆していた。
隆慶一郎時代は
1984年-1989年の6年間のみ。
本名は池田 一朗(いけだ いちろう)。
「梟の城」の脚本家。

物語の代表作は
「吉原御免状」
 (英雄の創出に成功したデビュー作)
 「一夢庵風流記」
 (『風の慶次』という漫画の原作となった)
 「影武者徳川家康」
 (仮説によって史実をとらなおすと
 みえてくる好例と評価)
 「時代小説の楽しみ」
 (随筆。花火好きで隅田川の近くに
  引っ越したくだりがある。
  取り溜め出来なく、一発勝負の
  生放送で数々のドラマをつくった
  経験が、まるで花火の様だったと述懐。
  この作家を知る人は皆、
  この人の隆慶一郎時代が
  まさに花火のようだったという。)


第三高等学校を経て、
東京大学文学部仏文科卒。

三好達治と高校から
経歴が符合するのである。

どちらも、 言葉の魔力で
華麗で、力強い文学を創作している。
 (時代とジャンルはちょっと違いますが。)


おわり。

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