多田武彦の作曲した
『父のいる庭』(詩:津村信夫)
『海に寄せる歌』(詩:三好達治)
にも、
娘が生まれた感慨を詠んだ詩が
それぞれ入っています。

「早春」
  津村信夫
淺い春が
好きだつた──
死んだ父の
口癖の
そんな季節の
訪れが
私に
近頃では
早く來る
ひと月ばかり
早く來る

藪蔭から
椿の蕾が
さし覗く

私の膝に
女の赤兒
爐の火が
とろとろ燃えてゐる
山には
雪がまだ消えない

椿を剪つて
花瓶にさす

生暖かな――
あゝこれが「生」といふものか
ふつと
私の頬に觸れる

夕べの庭に
ゆふ煙
私の性の
拙なさが
今日も
しきりと
思はれる
(『父のゐる庭』1942年)より

そして三好達治。
「淚」
  三好達治

とある朝 一つの花の花心から
昨夜の雨がこぼれるほど

小きもの
小きものよ

お前の眼から 
お前の睫毛の間から
この朝 
お前の小さな悲しみから

父の手に
こぼれて落ちる

今この父の手の上に 
しばしの間溫かい
ああこれは これは何か

それは父の手を濡らし
それは父の心を濡らす

それは遠い國からの
それは遠い海からの

それはこのあはれな父の 
その父の
そのまた父の 
まぼろしの故鄕からの

鳥の歌と 花の匂ひと 靑空と
はるかにつづいた山川との

……風のたより
なつかしい季節のたより

この朝 この父の手に
新らしくとどいた消息
特に、「涙」の
「鳥の歌と 花の匂ひと 靑空と
はるかにつづいた山川との
……風のたより
なつかしい季節のたより」の
くだりは、
多田武彦のフレーズの中でも
ベストスリーに入るお気に入りです。

娘を持つ一人の父親として。
日本語の美しい歌を
歌いたい歌い手として。
言葉にできない想いです。

おわり。


にほんブログ村 音楽ブログへ

にほんブログ村